野崎幸治

「普遍性」と「具体性」のディレンマについて

 表題の内容に入る前に、導入として、若干の“前置き”を述べさせていただきます。

ディレンマという語句はよく聞きますが、「理論のトリレンマ」という言葉を聞いたことありますか? 私は10年くらい前、某大学の経営組織論の先生との話の中で、初めて耳にしました。どういうことかというと、理論の「普遍性」、「具体性」、「精確性」という3つの要素は簡単に言うと、互いに相容れない下図のような関係があるというのです。(これはわれわれの日常よく使う言葉で学術研究のみならず、企業経営や組織管理にも言えることのようです)即ち、これらは向いている方向がそれぞれ違い、「普遍性」を追求すると「具体性」と「精確性」が犠牲になり、「普遍性」と「精確性」をある程度生かそうとすれば、「具体性」が全く失われるという説です。ただし、ディレンマのように相反する事柄の板挟みになるという負のイメージではなく、主旨としては3つの要素を視野に入れ、調和点や着地点を見出そうとするものです。現実には更に複雑で厄介な、「テトラレンマ」(哲学の世界では存在するそうです)といったケースも多くあると思われますが、今回は紙面の制約等もあり、ぐっと絞って簡略化し「普遍性」と「具体性」のディレンマについて話を進めさせて頂きます。

 

 ここから本論に入りますが、まず、表題にある「普遍性」については一般に「すべての物事に通じる性質。また、すべての物事に適合する性質。」といわれ、その特性を最もよくあらわしているものの代表として格言が挙げられます。「論語」や「孫子の兵法」などはまさにこの形にまとめられた代表作であり、古くは武田信玄、ナポレオン、高杉晋作、近年ではビル・ゲイツや孫正義が愛読していたともいわれています。格言の多くは人々の心に留まり、感銘を与えてきたからこそ、幾多の時代の変遷を経ても今日まで光り輝き、語り継がれてきた奥深いものであり、このことがまさに普遍性の証しでもあると思います。しかし、反面具体性に欠けるのも事実です。研究者の間でもこれらの位置付けは総じて「具体的内容ではなく、原理・原則論と教訓」と評されています。書店の棚には常にこれらの書籍がある程度は並んでおり、消えることはありませんが、ベストセラーとなるほどの人気でもありません。やはり、具体性に欠けることにより難解で身近でないことに起因するものと思われます。この辺に「普遍性の限界」を感じます。

 

 この対極にあるのが「具体性」であり、辞書などには「実際に形や内容を備え,はっきり知ることができるさま。個々の事実によっているさま。」と書かれ、企業経営等においてこの特性をよく具現しているものとして「事例」があります。

  

 事例に関し、よく次のようなことを耳にします。

入社して数年経ち、会社の状況や仕事の要領が幾分か分かってきたころによく先輩や上司に、「仕事に参考になる事例」を教えて欲しいという要望や相談が多いとのことです。

また、経営に関するセミナーや講習の受講所見やアンケートでも事例研究をもっと増やして欲しいとの意見がいつも多数あるそうです。私も、診断で商店街を訪れたときに「活性化に成功した商店街の事例」や「繁栄している商店街の事例」をできるだけ沢山教えてほしいとの要望を直に聞くこともしばしばあります。

 このように、我々は課題に取り組むときに、似たような状況の成功事例を把握し、参考にしたいと思うことは、ごく当たり前であり有効なことでもあると思います。

 

 しかしながら、ここで注意しなければならないのは、事例は詳細であればある程、具体的にはなりますが普遍性に欠けてきます。先に述べた事例収集社員もあまりそれに頼りすぎると単なる「モノマネクン、サルマネクン」(あるアンケート調査で嫌われる社員No2)に陥る危険性もあります。九州の某商店街のように「健康・医療」を看板に掲げ活性化に成功し、全国から見学・研修者が多く訪れ「事例」持ち帰りましたが、その後同じように成功したという話はほとんど聞きません。繰り返しになりますが、事例を収集把握し、参考にし、取り入れることは大変有効であり、重要なことだと思います。ただし、その際普遍性というフィルターを掛けることなくそのまま適用することはやはり非効率、無駄や的はずれ、時として危険でもあると思われます。

 ディレンマとは多くの場合、板挟み状態のときに使われますが、この「普遍性」と「具体性」のディレンマは「理論(研究)のトリレンマ」のように複眼的思考で調和点や着地点を見出すというプラスの視点で捉えて頂きたいと思います。

 

 最後に、我々けいしん神奈川のある検討会議の場で、たまたまこの「事例」について話題になったとき、奇しくもあるメンバーから次のような発言がありました。

「よく事例、事例といわれますが、事例は草木に例えるならば丁度花の部分です。その下には茎があり、葉があり、幹があり、さらに根っ子もあるのです。花の部分だけを切り取って持って帰って植えても花は咲きません。」実に当を得た見事な表現・内容に感心させられましたので紹介させて頂きたいと思います。

 

(今回書かせて頂いた内容は、学者先生や周囲の方々に教えて頂いたこと、聞きかじったことをネタに私の思っていることを書いた、所謂“感想文”です。その点宜しくご了解お願い致します。)