小池登志男

マイブームはギター

 クラシックギターで人気のある曲といえば「禁じられた遊び」や「アルハンブラ宮殿の思い出」といったところであろう。「禁じられた遊び」は、映画の主題曲として有名になった曲であるが、作曲者についてはあまり知られていない。スペイン民謡とか、作者不詳とかいった表現で紹介されることが多い。あるギターコンサートでは、作曲者として「ナルシソ・イエペス」と堂々と明記されていた。大変な驚きである。イエペスは、映画音楽の奏者ではあるが、明らかに作曲者ではない。

 最近では、この曲の作曲者として「アントン・ルビーラ」というスペインのギター奏者が有力視されている。「愛のロマンス」といった曲名でも知られているが、「禁じられた遊び」の10年ほど昔の1941年に、アメリカ映画「血と砂」の中で演奏されており、この曲名で世に広まったものである。この曲は、私にとっても心を酔わせる一曲でもある。

 

 ギターを再開してから3年半が過ぎた。齢も65歳を超え、時間的な余裕もすこし出てきたが、残りの人生に焦りを感じはじめている。昔買い込み、弾いていたギターをケースに封印してから、四半世紀が過ぎてしまった。この間、いつかは再開しようとの思いはあったが、なかなか諸般の事情が許さない。

 ギターとの関係は、少年時代にさかのぼる。その頃、トリオロスパンチョスとか、クロードチアリといった憧れのスターがいて、それに影響されてギターを手に取った人も多いと思う。私も、そのひとり。中学生の頃と思うが、親に頼み込んでギターを買ってもらった時の情景は、今でも忘れない。早速、音楽教室に通ってクラシックギターの先生から手ほどきを受けた。最近知ったのだが、この先生はギター界ではかなり定評のあるオーソリティであったようだ。この先生から教えを受けた期間は、長くはなかった。部活やら受験といった問題もあり、中断を余儀なくされてしまった。

 その後、高校生になってからはNHKテレビのギター教室などを見ながら独学で練習を重ねたが、ここでも長くは続かなかった。本格的にギターを学んだのは、20代の後半になってからだった。10年間ほどは続き、かなり弾けるようになった。ところが、子供が生まれ、仕事の転勤などで、また止めてしまった。ギターとの関係では、こんな過去をもっている。

 

 紆余曲折を経て、地元のギター合奏のグループに飛び込んでから3年半、この会は葉山町で25年以上も続いている。メンバーが15名ほどのギターアンサンブルで、自分を含めた2名以外はすべて女性である。ギターの腕前も相当なもので、入会当時はこのレベルに着いていけず、大変苦労した。毎週月曜日が集合練習の日で、土・日は時間をかけて事前練習をしている。毎年11月の地元の文化祭りでお披露目のコンサートが開かれる。

 さらに、今年の夏からは、合奏とは別に音楽教室で個人レッスンを受け始めた。レッスンは毎週土曜日、ギター合奏と合わせて週に2日はギター浸りの日になっている。仕事や生活時間を縮めながら、もっとギターとの付き合いを深めたいとの思いは強い。

 

 手持ちのギターであるが、現在3台である。そのうち1台は、再開した時に買い求めたもので、スペイン製ではあるが材質もよくなく、音色もあまり関心しない。このギターはケースに収めてあり、日ごろは手にしない。昔、のめり込んでいた時に買い込んだギターは、当時は車1台分に相当するような高価なものであったが形が大きく、弦長も長いため、かなり弾きにくい。こうした事情もあって、日本人が引けるようなギターを弾いてみたくて、再開時にそれなりのギターを買ったものである。

 ところが、この1978年に制作された古いギターが、大変な銘器であることが判明した。お茶の水のギター専門店で話をしたところ、スペインの「アルカンヘル」いう工房で作られたもので、日本にはあまり輸入されていないギターである。今では、このギターに使われている材料が手に入らないとのこと。糸巻には象牙が使われ、ペグボタンは白蝶貝である。それを知ってからは、手入れも入念に行い、宝物として大事にしている。もう1台は、日本人の制作者の手になるもので、音色がスペインのものとは違う。バッハなどの曲を弾くには、このギターはぴったりである。

 

 レパートリーは、10曲近くになっている。昔は弾くことができた曲でも、長期間の空白の中で、忘れてしまった曲も多い。このところ、毎日練習している曲はバッハの「主よ人の世の喜びを」と石原裕次郎が歌った演歌「北の旅人」である。昔は、酒に酔うとギターを取り出して古賀政男の「影を慕いて」、「酒は涙か溜息か」や美空ひばりが歌った名曲「悲しい酒」といった演歌を自分のギター伴奏で歌っていた。今でも、酒に酔ってはギターを奏でながら歌うこともある。機会があれば皆さんとの宴席などでお聞かせできればとの思いがある。