中山 進

誰を「ファースト」にするか

■アメリカ・ファースト

 世界で何が起きてもアメリカは関わらず“アメリカさえよければ”という、トランプ新大統領の内向けの本音を率直に述べた就任演説の「アメリカ・ファースト」が連日テレビで報道された。直ぐさま、「今まで蔑ろ(ないがしろ)にされてきたことを優先する」という政治的なメッセージとして便乗した「都民ファーストの会」という地域政党もできた。分かりやすい言葉ではあるが、「アメリカ/アメリカ以外の国や人」、「都民/都民以外の人」という大まかな対立軸を示しているだけでアメリカや都民の具体像は茫洋としている。それでも(それだからこそ)今ではあらゆる分野で「〇〇〇ファースト」という言葉が安易に使われるようになっているが、アメリカ大統領の就任演説や政党の名前は今年限りの流行語の一つに留まるものではないので、身近な企業と顧客の関係に当てはめてもう少し深く考えてみたい。

 

■顧客ファースト

 大半の企業が、「顧客第一主義(顧客中心主義)」あるいは「お客さま本位」、いわば顧客ファーストの理念を掲げているが、では、第一とされる顧客とは誰なのか。

 伊藤園グループの経営理念は「お客様第一主義」で、すべてのお客様を大切にすることが経営の基本であるとしている。そのお客様とは、消費者、株主、販売先、仕入先、金融機関、地域社会と定義している、要するに「伊藤園グループとかかわりを持たれるすべての方々」でステークホルダーのことである。また、空調などの設備工事の㈱大気社の社是は「顧客第一」であるが、「顧客とは広義において社会全般を意味する」としていて更に広い範囲におよぶ。このように、企業の顧客第一主義は、顧客に対するというよりも社員の姿勢を正す内向きのメッセージの側面が強い。

 特異な例としては、他社に対する比較優位の意味が込められた「地球上で最も顧客中心の企業」を企業コンセプトとするAmazonがある。顧客(利用者)の指定した書籍などを直ぐに届けるグローバルな販売・配送体制が構築されていく過程で顧客(利用者)の好み・嗜好の情報が蓄積されていくことによって、あとは何でも売ることができるという自己増殖的な市場創造戦略と一体のコンセプトである。顧客の嗜好に合わせた書籍や商品の「一方的な販売促進には見えない」案内が送られてくる仕組みで、顧客(私)がファーストであるような・ないような「顧客中心」である。

 いくら顧客第一主義を掲げていても「一人だけ特別扱いされる」わけではないので、顧客ファーストの「顧客」もアメリカと同様、具体像は絞りにくい。

 

■従業員ファースト

 顧客(利用者)の立場に立つと達観できないような出来事もたまに表面化して「顧客第一主義」そのものに疑いの目が向けられることがある。今年の4月にオーバーブッキングの乗客を、警官を呼んで無理やり引きずり降ろすユナイテッド航空機内の動画がYou Tubeでアップされて批判を受けた件では、CEOの事後対応の悪さが火に油をそそぎ、顧客(航空券を買って搭乗した利用者)を罪人のように追い出す航空会社のような印象を与える結果となってしまった。価格競争が激化して少しでも稼働率を高めるために座席数以上の搭乗券を出すことが常態化している業界において、企業理念の顧客第一や顧客満足をすべての顧客に感じてもらうことはかなりな難問である。

 ところが、同じアメリカの航空会社に、顧客第二主義、「従業員の満足第一主義」を掲げるサウスウエスト航空があり、2001年9月の同時多発テロの大打撃を受けた航空業界の中で唯一利益を計上しその後も成長を続けている。サウスウエスト航空は、LCC(Low Cost Carrier)=格安航空会社のモデル企業といわれている会社で徹底したコスト削減と高い顧客満足を両立させている。従業員ファーストなら対象者がかなり具体的になるが、“顧客よりも社員が第一”の会社が、何故そのようなことができたのだろうか。

 

■一人一人の従業員ファースト

 航空会社に対して、定時の運行、価格の安さ、サービスなど顧客が求める期待値は一人一人違う。ユナイテッド航空の例で言えば、搭乗券を購入した顧客に便の変更をしてもらうべく対応をするその場のスタッフのコミュニケーション次第で、一人一人の顧客の納得や満足の水準が決まる。さらに、自分に不満はなくても他の乗客がひどい扱いをされている状況を目の当たりにすれば顧客の印象は満足の程度ではなく不信という感情が生じ、その会社の従業員満足にも疑いを持つだろう。

 ここで想起されるのは、平成26年けいしん神奈川主催の経営・労働シンポジウムで基調講演をされた坂本光司氏の「日本でいちばん大切にしたい会社」(あさ出版)にある「会社は顧客のためのものでも、まして株主のためのものでもない。社員が喜びを感じ、幸福になれて初めて顧客に喜びを提供することができる」である。

 企業が掲げる従業員第一(顧客第二)を会社の価値観として一番重く受け止めるのは従業員のはずで、顧客のことは二の次でいいと勘違いする人はいない。社員第一の姿勢・価値観が一人一人の従業員と共有できれば、日々、場面ごとに違う判断が求められる対応の水準が高くなり、顧客を失うようなことにはならないという考え方である。

 高い顧客満足を実現するには、社員である自分(私)が応対している顧客(1人の場合も複数の場合もある)という具体的な姿が想定できることが重要で、「従業員ファースト」ではなく「一人一人の」従業員ファーストにどこまで迫ることができるかの問題なのだと思う。